猪飼野古地図大正10年
図書館から「郷土誌いくの11号」を借りてきました。
「鶴橋斎場:太子火葬場」の載っている大正10年の地図を引っ張り出してみました。
斎場のところ、「○」で囲ってあります。
(鶴橋斎場の紹介はまた今度)
そう「大軌=近鉄」の鶴橋駅、「つるはし」として載っていますね。
中川と東中川の境界になっている「西の川」も載っています。
鶴橋駅の右下「文」という文字が「北鶴橋小学校」です。
この学校の運動場、なぜか真四角でなく妙に斜めなので不思議だったのです。
この地図を見るとその原因が分かります。
学校の東側と北側に「旧平野川」が流れていたのです。
学校の境界が川筋になっていて、それで真四角じゃないのです。
現在の学校のプール、南北・東西にきっちり配置されていなくて、妙に斜めになっているのです。
この地図を見て納得できました。
航空写真でもあればよく分かるのでしょうけれど。
※グーグル・マップで見てください。
http://maps.google.co.jp/maps?ll=34.661046,135.537483&spn=0.004963,0.006809&hl=ja
小学校校庭北側と東側の周囲が昔の川筋のようになっているでしょう。
水色で表示されているのがプールでして、斜めに配置されているのが見えます。
※全国各地の斎場や斎場跡については「煙の行方」で詳しくまとめられています。
(クリックで拡大↓)
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2005年9月17日 07時05分
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