名古屋空襲
女房のお父さんは昭和4年生まれ。
親父さんから聞いた戦争の話をかいつまんで…
戦争中、「学徒勤労動員」で「三菱重工名古屋発動機製作所」で
働いていました。
エンジン(親父さんは発動機っと言う)の「シリンダーを磨いていた」
そうです。
そこで遭遇したのが1944年12月13日の空襲です。
昼過ぎ、昼食が終わってしばらくしたときに空襲警報。
防空壕にもぐりこむ用意をしながら空を見上げていると、
高空を飛ぶB29の腹から小さいものがパラパラと落ちるのが
見えて、「なんか落としよったで」…。
焼夷弾ではなく、工場破壊を狙っての爆弾投下。
「ズン! ズン!」っと徐々に近づく破裂音と地面の震動に、
防空壕の中でひたすら耐えていた…
動員されていた女生徒を含め、大勢の人が亡くなっています。
空襲後、しばらくは工場の後片づけをしていたんですが、
旋盤など工作機械はひっくり返ってるで、仕事もできずで
故郷の奈良に帰ったということです。
さて、先日のこと、図書館で借りてきた一連の本にこの
名古屋空襲に関する話が出ていました。
●写真の裏の真実 著者:岸本達也
サブタイトルが「硫黄島の暗号兵サカイタイゾーの選択」。
硫黄島戦で捕虜になった一人の日本軍兵士(通信・暗号担当)。
彼が米軍へ語った(漏らした)日本軍や日本本国の情報が、
米軍が進める戦略に影響します。
●トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所 著者:中田整一
捕虜になった兵士の中から、重要人物が選り分けられて
日本のより詳しい情報が米軍に吸い取られます。
情報公開により、米軍が持っていたさまざまな情報が
機密解除され、当時の様子が浮かび上がってきます。
この本に名古屋の空襲が出てくるのです。
偵察機が撮ってきた工場の写真を元に、工場のどこで
何を作っているかなど、捕虜が語った情報が加味されて
爆撃目標が決められていきます。
これがその航空写真と工場のスケッチ。
この戦略爆撃のまっただなかに義父が居たわけです。
名古屋空襲とは関係ないですが硫黄島関連で、
●今ここに神はいない
サブタイトルが「米海兵隊員が見た硫黄島の地獄」 。
著者:リチャード・ユージン・オバートン 翻訳:奥田宏
硫黄島戦に参加した米国海兵隊衛生兵の回想録です。
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2013年1月15日 11時43分
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